大判例

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山形地方裁判所 昭和37年(行モ)1号 決定

申請人 安藤文次郎 外三七名

被申請人 高畠町教育委員会

主文

一、被申請人が申請人三十八名(なお、申請人佐藤さとについては佐藤清太郎名義、申請人高梨重信については高梨重雄名義、申請人安藤はるゑについては武蔵清之助名義)に対しそれぞれ昭和三十七年一月三十日付をもつてなした「その保護する各学令児童をして、学校教育法施行令第五条第一項、第二項の規定により、昭和三七十年四月六日午前十時高畠町大字安久津七百番地高畠町立第一中学校に就学せしめるようにとの旨の就学通知処分、ならびに、上記の各児童をして、止むを得ざる事情により高畠町立第一中学校二井宿校舎に通学させることを希望の場合は、その旨を昭和三十七年二月末日限り高畠町立第一中学校長に届け出るようにとの旨の処分」の効力は、いずれも山形地方裁判所昭和三七年(行)第三号就、通学処分等無効確認等請求事件の本案判決の確定にいたるまで、これを停止する。

一、申請人三十八名のその余の申請(被申請人より申請人以外の十八名の保護者に対する前同様の処分の執行停止を求める部分)は、これを却下する。

(裁判官 西口権四郎 小谷卓男 武田平次郎)

(別紙省略)

行政処分に対する停止命令申請書

申請の趣旨

被申請人が申請人等及び「申請人以外の保護者目録記載の保護者」に対し、昭和三七年一月三〇日付を以て、それぞれなした、各保護者の保護する学令生徒を昭和三七年四月六日午前一〇時高畠町大字安久津七〇〇番地高畠町立第一中学校に入学、通学させよ、已むを得ざる事情により、二井宿校舎に通学を希望せらるる場合はその旨二月末日限り学校長に届出よ、なる旨の処分は之を本案判決のあるまで停止する。

との裁判を求める。

申請の原因

一、申請人及び申請人以外の保護者目録記載の者―以下単に「それ以外の保護者」という―等は、上駄子町以西を除く高畠町二井宿居住の、昭和三七年度において、学校教育法第三九条の定めるところにより、学令生徒に達する者の保護者(法第二二条)である。その学令生徒との関係はそれぞれ父又は母である(但し申請人安藤はるゑは学令生徒藤田二男と同居の事実上の保護者である)。

二、被申請人は申請人及びそれ以外の保護者に対し、昭和三七年一月三〇日付を以て、学校教育法施行令第五条第一項並に第二項の規定による就学、通学に関する処分をなして来た。

右通知の要点は

学令生徒を昭和三七年四月六日午前一〇時に高畠第一中学校に入学せしめること(令五条一項)と

就通学の中学校は高畠町大字安久津七〇〇番地所在の高畠第一中学校々舎と指定すること(同条二項)

の二点である。

三、しかし乍ら右被申請人の前記処分は昭和三四年一二月六日、高畠町、町長、町議会、被申請人、高畠二井宿統合反対期成同盟(申請人はこの同盟員であつた)との間で成立した「高畠第一中学校本校舎に通学する地域は、さしあたり、上駄子町以西とし、その間右以外の二井宿地区の者に対し、希望によつて本校々舎に任意通学させる等はなさしめざること。さしあたりとは高畠町、反対期成同盟、及び調停委員において平和裡に解決するまでをいう。前記期間中は双方共誠意を以て協定に違反するような行為は絶対にとらないこと」なる旨の協定に違反した違法処分である。

四、依つて申請人等は本日御庁に対し、被申請人のなした右違法処分の取消及び無効確認を求める行政訴訟を提起したが、昭和三七年四月六日までに右訴訟の判決を得ることは裁判進行の実情上到底不可能であるから、若しこのままに右処分を放置するとすれば、本校々舎、分校乃至は二井宿校舎への通学は全くの任意通学ということになり、後に述べるように、償うことのできない損害を被るに至るので、申請人等は行政事件訴訟特例法第一〇条に基き右処分の執行停止を求むるため申請に及んだ次第である。

五、被保全権利の詳細については訴状の請求原因をこゝに援用する。

六、保全の必要性について

1 民心の混乱、地方自治に対する不信

そもそも申請人等は旧高畠中学校と旧二井宿中学校の統合には反対の立場をとつており、その反対の実質的理由は請求原因記載の如く、経済的、社会的、教育的面でのマイナスの故である。このことが町村合併に於て「統合しない」ことの協約によつても確認されているに拘らず、被申請人等は合併直後協約を無視して統合を強行し、多数住民との間に紛争を起し、刑事々件さえ惹起している。二井宿地区の多数住民は、然し乍ら今後の発展のため、名を捨て実をとり、統合中学を認め、二井宿校舎の存置並に任意通学の禁止という線で協約が成立したのである。然るにまたまた右協約を無視して一方的に本件処分に出られるに及んでは、地方自治に対する不信は益々高まり、民心の混乱は増大している。若しこのまゝ処分が停止せられないまゝ時を経んか、国民の権利の当然の行使として、或は時には激するのあまりやむを得ない不測の事態が起きる可能性も否定できない。町の平和と地方自治の健全な発展のためにはかり知れない大きな損害であつて、後に如何なる方法によるも償い得ないものである。

2 教育の面で回復しがたい損害を被る。

任意通学が実施されると本校と二井宿校舎とも学級編成に大きな支障を来す。このことは本校の学級及び生徒数の増減、二井宿校の学級数及び生徒数の増減にかゝわつて来る。右は更に教師や教材その他の学校施設にも影響を及ぼし然も右の増減に対する一定の比率や見通しについて計画がたゝず、その年々の任意通学を希望するものの増減によつて年々歳々全く恣意的に変動することになる。このような状態では教育行政の面でも教育効果の上でも本校、二井宿校舎共回復し難い損害を受けることになる。

3 2で述べたことは経済的にも大きな損失を被る。

町の学校教育費が増加するに止らず、二井宿校舎に通学する生徒の保護者の経済的負担を増すものである。

4 任意通学を認めることは同一通学区域内に於て、二通学区が地域的関係なしに二分(というよりは併存というべきか)される結果となる。義務教育の過程においてこのような教育環境を作ることは、都会に於ては兎も角、山村等にあつては極めて好ましくない。こゝから生ずる部落の分裂は地域の円満なる統一の支障となり、部落の平和に波乱を巻き起すこととなり、且つ生徒の教育面にも大きな障碍となる。教育上での地域の合一性を無視することはできない。右のような分裂は一旦之が作られるとその回復は極めて困難である。

5 任意通学は二井宿校舎廃止の第一歩である。

被申請人は二井宿校舎廃止の第一歩としてまず任意通学をなし本校に生徒を集め、二井宿校舎に於ける教育をしめつけようとしているのであつて、今回の処分はいわばその外濠を埋めたものである。任意通学による既成事実を作り上げ、この事実を重要な理由として二井宿校舎が廃止されるに至つては、町村合併に際しての協約以来一貫して希望して来た(そしてそれは再度にわたる協約により認められた)二井宿中学校々舎での教育を受ける権利、利益が、根本から否定されるに至る。右のような既成事実それ自体は後の勝訴判決によつては如何ともせん難くこれが二井宿校舎の廃止につながるものであるときは、申請人らは回復し難い損害を蒙るものである。

依つて申請の趣旨記載の如き裁判を求める次第である。

行政処分停止命令申請理由補充申立

一、(原告)申請人等は就学通知処分と同時に通知をうけた「任意通学を希望する旨(二井宿校舎に通学を希望する旨)」の通知を高畠町第一中学校長に宛てて出してはいない。他の一八名の保護者については知らない。

申請人等は、本件就学、通学処分を受け、却つて之に抗議し、教育委員会に対して右通知処分が協定書違反で無効であり、申請人等は本校々舎には就、通学をせず二井宿校舎に就、通学する旨を内容証明郵便で申入れた。右はあくまでも抗議であつて、被申請人の求める任意あるいは希望通学の申入れではない。(内容証明郵便は疎明書類として添付)之に対し、被申請人からは第一中学校々長に通知するようにとの通知を受けたが、右は行政処分に対する抗議であるから全く筋違いのものである(右通知書も申請書に添付)。

二、昭和三七年三月一一日付で被申請人は上駄子町以西を除く二井宿地区の中学二、三年(昭和三七年四月に)該当者全員(二年該当者六一名、三年該当者六七名計一二八名)の保護者に対し本校々舎通学を希望する者は教育委員会及び町立第一中学校長宛に届を出すように通知をして来た。右の通知も亦協定書違反であつて無効であるが、このことは本訴の対象となつた新入生徒の場合と相俟つて保全の必要性が益々高まつたといえる。

三、二井宿校舎の学級数、生徒数の変動について、

若し被申請人の企図する任意通学が実施されると学級数、生徒数につき変動を伴うこと必定であろう。

全員二井宿校舎に通

学した場合の生徒数

同上学級数

任意通学の場合

の予想生徒数

同上学級数

昭和三七年度

第一学年

62~63名

二学級

44名?

一学級?

第二学年

61名

二学級

同じ割引とみて

40名位?

一学級?

第三学年

67名

二学級

40名位?

一学級?

二井宿校舎に勤務する中学校の教師は現在九名であるところ、右の如く生徒、学級数の変動によつて、どのように変動するかはむずかしい問題である。

本校々舎の学級数、生徒数は追而明らかにする。

四、本件行政処分停止命令後の問題

本件行政処分が停止されれば就、通学通知処分の効力が停止される結果、右通知処分がなかつたと同一に帰する。

そうなれば被申請人は新らたに就、通学通知処分をなさなければならない。その際被申請人としては裁判所の命令に拘束され、之を尊重しなければならないから、命令の主文や理由で示された裁判所の判断に違反することは許されない。

従つて結局は被申請人は二井宿校舎に学令生徒を通学、就学させる旨の通知処分を改めてやりなおすことになる。もともと本件通知処分の対象となつた学令生徒やその保護者はこの度の違法な通知処分さえなければ、二井宿校舎に就、通学の予定であり、右のようなことは過去何十年も平穏無事になされてきたことである。被申請人等の通知処分が平地に波乱を巻き起したのであつて、右が停止されてはじめて平穏な本来の姿に返るのである。従つて、本件行政処分が停止されることは、何等公共の福祉や利益に対する重大な損害を与えることにはならないものと思料する。

五、申請人本人を呼出される場合、全員が不可能であれば次のものにお願いします。

申請人 大浦一次、同島津信一、同高梨重信(雄は通知書の誤)、同堀内直次郎、同佐藤与四雄、同安藤菊蔵、同高梨亨、同堀内常吉、同高梨虎雄、同中川美雄

六、昭和三四年一二月六日協定書が関係当事者間で成立したが、中学校統合無効の行政訴訟はそのまま係属し、仙台高等裁判所において裁判所より和解の勧告をうけた。

それは次のような経過によるものである。

口頭弁論期日の際、裁判長より「本件は難かしい事件だし一応原審に差戻す考えである」という非公式の発言があつた。そこで高畠町関係の代理人片山弁護士より「当事者間で実質上協定も出来ていることだからそれを認めて和解にしたらどうか」という申入れがあつた。特に高畠町側がそれを望むなら強いて訴訟を強行するつもりではないので、皆と相談し和解の方向に進んだ。

これより先前記協定書の中にある刑事々件弁護士費用相当の損害金(並に反対同盟に対する損害賠償金残金五十万円)の支払について昭和三六年一月二三日、町長代理関善兵衛と反対同盟員島津一朔との間で覚書が交わされたが、和解が裁判所において進められ、認める際には当方は右弁護士費用相当額の損害金支払請求権については、「一〇万円で打切り」なる右覚書を破棄し、協定書通りにする旨を主張し、町長側も之を認め右条項を含め、(任意通学を認めない旨の条項は勿論のこと)当事者双方は前記協定書の趣旨を全面的に承認する和解条項が成立し、本訴を取下げたのである。

右に関連する話合及び次の七でのべることを除くの他、協定書あるいは同覚書にいう「さしあたり」に関連する話合あるいは円満解決は全く存しなかつた。

七、財産区山林三〇町歩の処分に関する件

この問題(行政処分)に関連し見落してならないのは財産区の問題である。

二井宿地区には以前から入会権を有する山林八〇町歩(実面積はその一〇倍以上)があり、之が町村合併の際財産区を設定して高畠町財産との混同を避けた。ところが町は条例でその管理委員を町長の任命制とし、定員七名のところ、町長は中学校統合賛成派の委員を八名、反対派委員一名の計九名をその委員に任命し、多数決を以て、右財産区山林三十町歩を処分して(昭和三〇年頃決議)賛成派の子弟の統合中学校へ通学するための費用に充てようとした。町側は右を宣伝し反対派の切崩した狂奔した。

ところで前記協定書によれば右三十町歩問題は「さしあたり」の条件である円満解決とは別個に協議をすすめることになつていた。右三十町歩問題は入会権の有無を離れて、財産区のみの問題として考えても、右のような目的に財産区の財産を管理会で処分できるかという大問題があるので(申請人らは無効と考える)関係者充分協議の上話合をすすめる前提として、昭和三六年夏、県議会を代表して井上、柿崎両議員(調停委員)、県地方課職員、県林務課職員、反対同盟代表九名、高畠町渡辺総務課長、更に農林省山林局公有林野調査課浅井事務官を県において静岡県吉原市金原明善翁の遺跡なる公有林の調査に派遣し、調査及び資料収集を行つて、話合の方向に進んでいた。そこで、反対同盟は更に準備を進め、町当局に対して話合の機会を作るよう申入れたが、言を左右にして之に応じなかつた。

然るところ、本件行政処分と同時に町当局は二井宿奨学会なるものを組織して保護者に対して通学費支給申請書を提出するよう勧誘している(勿論二井宿地区の生徒で第一中学校本校舎に通うものに対してのみである)。このようなことは以前から察知されたので申請人らは以前文部省で之を問題にしたところ、同省小林管理局長今村助成課長はそのようなものは認めない方針であるとの言明であり、県もそのようなことは断りなしにやつてはいけない(地方課)といつていた。

それがこの度突然二井宿奨学会の動きを見せてきたものであつた。(以前は賛成派につけば一人三反歩づつ提供するということで反対切崩に利用した)

このような動きは仮りに法的に無効であつても町あるいは被申請人としては本校舎通学希望者を一人でも多く、獲得しようとする手段に利用しているのである。(反対者は反対運動のため資金を各自持寄りしていることに比すれば誰しもが右のやり方に誘惑され易くなること自明であろう。)

右のような一連の問題について反対同盟は近く本訴を提起する準備をすすめているが、若し本件行政処分が停止されない場合は当然に奨学会問題として山林三十町歩の伐採がその後につづきこれに関連して二井宿地区をあげての大混乱が生ずることは必至であり、右のようなことは反対派が自らの権利を守るためある程度は已むを得ないものと思われる。然しこのようなことが実際に起ることは地方の平和、教育環境の整備の上で極めて重大な損害を招くものであつて、之を防止するためには、本件行政処分を停止する以外に道はないものである。

(訴状) 請求の原因

一、被告は地方自治法等に基く高畠町の教育委員会であり、原告及び原告以外の保護者目録記載の者(以下単にそれ以外の保護者という)等は上駄子町以西を除く高畠町二井宿居住の、昭和三七年度において、学校教育法第三九条の定めるところにより学令生徒に達する者の保護者(学校教育法第二二条)である。その学令生徒との関係はそれぞれ父又は母である(但し原告安藤はるゑは学令生徒藤田二男と同居の事実上の保護者である)。

二、被告は原告等及びそれ以外の保護者に対し昭和三七年一月三〇日付を以て、別紙第三の一の1、2乃至第三の四十四の1、2の如く学校教育法施行令第五条第一項並に第二項の規定による就、通学に関する処分をなして来た。

右通知の要点は学令生徒を昭和三七年四月六日午前一〇時に高畠第一中学校に入学せしめること(同令第五条第一項―入学期日の通知)と就、通学の中学校は高畠町大字安久津七〇〇番地所在の高畠町立第一中学校本校々舎と指定すること(同令第五条第二項―学校の指定)の二点である。(尤も就学通知書それ自体には通学という文言を使用していないが、通学を含めての通知であることはのちに述べるとおり明らかである―)

三、然し乍ら右の就、通学通知に関する処分は以下に述べるような理由によつて無効であるか少くとも取消さるべきである。

(一) 高畠町は昭和二九年一〇月一日、旧高畠町、同町字二井宿村、同屋代村、同亀岡村、同和田村の合併により新設された普通地方公共団体であるところ、さらに同三〇年二月一日、同糠野目村をも編入合併した。

(二) ところで右町の合併前の関係町村の各議会において、同二九年八月二六日、それぞれ合併の議決をし、その建設計画および合併協議書の各条項中に「小中学校は現在のまゝ独立校とする」との一条項を定め、そして前述のように合併が実施された。しかるに町は右条項を無視し、町所在の六中学校統合を計画し、被告委員会では昭和三〇年一〇月一〇日右中学校学区変更の決議をして、同三一年一月一〇日に高畠町長に通知し、同年三月一七日、被告委員会は従前の右六中学校の各地区を高畠、二井宿地区、屋代、糠野目地区、和田、亀岡地区の三学区に変更統合する旨の決議をし、町議会においても同三一年八月二七日に被告の右決議報告を承諾し、その結果、町長は昭和三〇年一〇月一日から同三三年八月二五日までの間に前記各二中学校をそれぞれ統合する旨の処分をした。次いで被告委員会は昭和三三年五月二〇日右高畠中学校と二井宿中学校を昭和三三年八月三一日限り廃止してその生徒を以つて同年九月一日高畠第一中学校を存置する旨の中学校新設統合処分をした。

(三) ところで右合併に際し、前記「小中学校は現在のまゝ独立校とする」旨の条項を設けたのは、右関係町村の区域の地勢的、気候的、施設状況、環境にかんがみ、通学距離の延長により、時には通学不能となることがあり、かつ環境の都会化に伴う出資の増加し、これらにより必然的に蒙る関係町村住民の教育上の大きな不利益、負担の防止のためである。従つて町或は被告等関係行政庁は右条項を維持遵守することを要し、右状況・環境等につき特段の変動がない限りは関係行政庁は之を改廃し得ないものであり、右義務を関係町村の住民に負担しているのである。従つて之を無視した被告ら各行政庁の学区変更統合に関する処分は違法であつて当然無効であつた。

(四) 仮りに無効でないとしても右新設統合処分は新市町村建設促進法第五条第八条の条件に合致せず、著しく不当であつて取消さるべきであつた。

(五) よつて二井宿地区にあつては昭和三十年十二月頃から地区民多数が集つて中学校の統合を反対する目的を以つて高畠二井宿中学校統合反対期成同盟(権利能力なき社団、代表者、同会会長佐藤庄三郎)をつくり、運動をつづけて来たが、原告等もその構成員である。

(六) 而して昭和三三年六月二三日、反対同盟のうち二井宿地区民三三六名は高橋伝右衛門他二五名を選定当事者とし、高畠町長及び高畠町を被告とし山形地方裁判所に対し、中学校統合処分無効確認等請求事件(昭和三三年(行)第八号)を提起した。

(七) 長い間の統合反対運動の結果、昭和三四年一二月六日、高畠町町長、町議会、被告委員会、反対期成同盟との間で、立会人山形県議会文教常任委員会委員長井上秀雄、同委員柿崎美夫(以上二名を調停委員という)県教育長梅津竜夫、立会の下に中学校の統合等に関し次のような協定が成立した。

1 反対期成同盟は高畠第一中学校の統合を認める。

2 高畠町関係当局は高畠第一中学校二井宿校舎の存置を認める。

3 高畠第一中学校本校舎に通学する地域は、さしあたり、上駄子町以西とし、その間右以外の二井宿地域の者に対し、希望によつて本校舎に任意通学させること等はなさしめざること。尚同日右協定第3項のさしあたりにつき覚え書を以つて、「さしあたりとは、高畠町、反対期成同盟及び調停委員において平和裡に解決する時期までをいう。前記期間中は双方共誠意を以つて協定に違反するような行為は絶対にとらないこと」を確約した。

(八) 右趣旨は昭和三六年三月八日前記行政訴訟の控訴審に於ける和解条項によつても承認された。(仙台高等裁判所昭和三五年(ネ)第三二二号事件)

(九) 調停委員の斡旋により町当局と反対期成同盟との間で協定後何回か話合が持たれたが、今日に至るも右協定以外に何ら平和裡の解決を見ていない。従つて協定第三項を変更する特段の事情がない。

(一〇) 然るにすでに述べた如く被告が原告ら及びその他の保護者に対し前記就、通学通知の処分をなしたのであるが右のうち学校の指定は、本校々舎の番地の記載があること、及び右通知に際し次の如き文言を使用していることよりすれば、二井宿校舎を含まず、本校々舎への就学、通学を命じているものであることは明らかである。

「(前略)右の者別紙高畠町立第一中学校に入学するよう通知いたしましたが、止むを得ざる事情により二井宿校舎に通学を希望せらるゝ場合はその旨二月末日限り左の書類に必要事項記入の上学校長に提出して下さい。(後略)」

「やむを得ない事情」の有無は被告の判断にあると思われる文言である。

又之に対し被告或はその委任をうけた機関がどのような判断を示すか別としても仮りに二井宿校舎に通学を希望しないものがいた場合には勿論、そもそもこのような就、通学通知それ自体が本校舎に対する任意通学を認めるものである。

然らば右本校々舎を指定する就、通学に関する本件処分は、協定、特にその2、3項に違反し無効である。

(一一) 又二井宿地区に高畠第一中学校二井宿校舎が存置され居る場合、その通学地域は画一的に決められるべきであつて、本来任意通学は経済上、学級編成、教育効果等全般の上で重大な影響を受けるものである。大多数の住民である原告等反対期成同盟と被告との協約は事柄の性質上全住民・全保護者にも及ぶべきであつて右協約に原告以外の保護者が参加していないとしても前記被告らの任意通学を認めない趣旨の協約は被告、原告間は勿論、全保護者に対する関係で被告を拘束するというべきである。よつて本件就、通学の処分は無効である。

仮りに無効原因がないとしても著しく不当であつて正義に反し、取消さるべきである。 依つて本訴請求に及ぶ。

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